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名古屋地方裁判所 昭和43年(ヨ)564号 決定 1968年6月26日

申請人 水谷進

被申請人 富士火災海上保険株式会社

主文

一  申請人の申請はいずれもこれを却下する。

二  訴訟費用は申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求める裁判

一  申請人

(一)  被申請人が昭和四三年四月一日付で申請人に対してなした申請人を被申請人名古屋支店大垣支部へ配置転換する旨の命令の効力を仮に停止する。

(二)  被申請人は申請人を被申請人名古屋支店業務課業務係勤務の従事員として仮に取扱え。

二  被申請人

(一)  申請人の申請はいずれもこれを却下する。

(二)  訴訟費用は申請人の負担とする。

第二当裁判所の認定した事実

一  申請人の配転問題

(一)  被申請人は、損害保険関係事業を営む会社である。

(二)  申請人は、昭和三八年四月被申請人に雇われ、被申請人名古屋支店業務課業務係に勤務していた。

(三)  被申請人は、昭和四三年四月一日付で申請人に被申請人名古屋支店大垣支部勤務を命じた。

(四)  被申請人と申請外富士火災海上労働組合(以下富士労組という。)との間には、現在労働協約が締結されており右協約には、第一六条に「会社は従業員の雇用、退職、休職、復職、転職、役職の変更及び賞罰その他の人事については発令前に組合に通知し、組合から異議の申立があつた時は協議して決定する。」また第一四条に「会社はすべて人事について従業員の能力、能率、体力及び生活条件等を慎重に考慮して公正に実施する。組合は会社の人事に必要と認めた場合異議の申立をすることができる。」旨の各規定が存する。

(五)  昭和四三年二月頃、被申請人名古屋支店には、申請人の属する労働組合である申請外全国損害保険労働組合(以下全損保という)富士火災支部(以下富士支部という)名古屋分会(以下分会という)が組織されており、同分会は協約上前記申請人の配転など組合員の人事異動について被申請人と分会が協議、決定する機関である地方運営会にその代表を送り出していたところ、被申請人は、同月一九日右分会に対し、申請人の前記配転人事について通知した。

二  全損保脱退問題

(一)  全損保は、全国の損害保険関係の事業所の労働者をもつて組織される労働組合であり、また、富士支部は右全損保の下部組織で被申請人の事業所に勤務する全損保組合員をもつて組織されていた労働組合、分会は右富士支部の下部組織で被申請人名古屋支店に勤務する全損保組合員をもつて組織されていた労働組合であつた。

(二)  ところで、全損保規約第一六条、第一七条第一項にはいわゆる個人加盟、個人脱退の方式が定められているほか、とくに第一七条第二項に「支部が脱退する場合は、前項(個人脱退の手続を定めている)を準用する。」旨の規定が置かれ、かつて安田火災労組の全損保加盟の論議の際全損保の執行委員長自身が同条の解釈について支部の団体脱退を許容する趣旨のものであるとその公式見解を発表したこともあり、現に安田火災労組もその加入について団体加盟の方式によつており、また富士支部もその前身日簡従業員組合時代に組合として全損保に加入し、その後新たに雇われた労働者の全損保への加入や退職する労働者の全損保からの脱退は富士支部自体の所属員数の変動としてのみ処理し、全損保本部に対しても個人別の加入、脱退手続はとつていなかつたものであるところ、右支部は、昭和四三年三月七日、八日の両日にわたつて開催された第四六回支部大会において、全損保より脱退する旨決議し、全損保より脱退し、支部所属の全損保組合員は分会所属の者もふくめ全員全損保の組合員たる資格を喪失したものとして扱われるに至つた。また、同時に右大会においては脱退に伴い、それ以前より組織されていた支部組合の名称を同月九日付をもつて富士労組と改めた。

(三)  しかして、前記脱退の決議が採択された大会は、高橋完寿委員長らの執行部委員会によつて招集されたものであつたが、組合員の一部には、被申請人事業所内においては依然として全損保組織が存続するとして右高橋らの指導の下にある富士労組自体の存在を否定し、また、同人らは適法に選出された執行委員でないと主張する者がある。

すなわち、これより先昭和四二年九月に開催された富士支部大会が流会し、執行委員の選出がなされなかつたため、その前年九月に選出された山田義邦委員長らの任期が同月一七日頃満了しているにもかかわらず、これらの者によつて富士支部が実際上運営されていたこと、また、富士支部内においてその頃に及んで全損保の運動方針を公然批判しいわゆる経済闘争を主眼とする運動方針を求める組合員の数が急激に増加したこともあつて、同年一二月一三日富士支部第四四回臨時支部大会が開催された。そして右大会に入るに先立ち、柳美沢大会準備特別委員長らの予定していた議長団候補者新島、楠の両名を多数の代議員が容れるところとならず、一時間余りも種種紛議の末、結局多数派の推した三保、菅沼の両名の議長団がその場で申請外浦田代議員の提案にもとづき、出席代議員三八名中二七名の賛成を得て、代議員の中から選出され(富士支部規約第一一条に大会議長は出席した代議員の中から選出する旨の、また同規約第六条に大会準備委員長は大会議長が選任されるまで大会を司会する旨の規定が存するが、議長選任の具体的手続に関してはとくに規約などに定めはない。)、右三保が議長席につき資格審査の報告を経、ここに支部規約所定の大会が成立したものとして議事に入つたところ、議長選出まで当日の集会の司会を担当していた前記柳美沢が会議の続行に伴い自派の意にそわない決議がなされることを慮り、議長の制止をこえて突然大会の休憩を宣し、一六名全員出席していた執行委員(支部規約上執行委員は大会の構成員とされこれに出席する権利を有するが議決権は与えられていない。)のうち一二名の執行委員をうながしたうえ、大会会場から退場した。したがつて、大会成立当初支部規約第五〇条、第五五条の規定上必要とされる代議員、執行委員それぞれの三分の二以上の出席があつたにもかかわらず、大会は中途でその構成員の一部を欠くに至つた。

そして、退場者およびこれを支持する組合員の一部の者は右大会のその後の議事手続の中で可決された退場執行委員解任の決議や残留執行委員大谷他三名が新執行委員選出までの間執行委員の職務を代行する旨の決議の無効を前提とし、大谷らの下に開催された昭和四二年一二月二五日の第四四回臨時支部大会再開大会の不成立、および右再開大会でなされた高橋新執行委員長らを選出する旨の決議の無効、さらには、右新執行委員会の招集により開催された昭和四三年三月七・八日の第四六回支部大会の不成立、および右大会でなされた富士支部が全損保から脱退する旨の決議、名称変更の決議の各無効を主張するに至つた。

(四)  名古屋支店においても、前記団体脱退およびこれに伴う名称変更後富士労組名古屋分会となつた約四〇五名の組織内にこれらの事実を否定し、全損保組織の下にある分会が依然として現在も存続する旨主張する者約二九名が存し、富士労組の組合員でありながら、実質的に富士労組名古屋分会とは別の活動をしている実情である。

三  当裁判所の判断

そこで前記一の(一)ないし(五)および二の(一)ないし(四)の事実にもとづき、本件申請の適否について判断する。

(一)  先ず、第四六回支部大会の成否について判断する。

(イ) 富士支部の全損保からの脱退を決議した昭和四三年三月七・八日開催の第四六回支部大会は、前記高橋ら新執行委員会により招集されたが、同人らの選出を決議した昭和四二年一二月二五日開催の第四四回臨時支部大会再開大会は右大会当時執行委員職務代行者の地位にあつた大谷らの下に開催され、右大谷らの選出はこれより先昭和四二年一二月一三日開催の第四四回臨時支部大会により決議されたものであるから、先ず、右第四四回臨時支部大会の成否について問題となる議長団の選出についてみるに、大会議長団は、従来は大会成立に先立ち出席代議員のうちから選出されていたものの、その選出手続について支部規約上はとくに定めがないが、通常は大会準備委員長司会の下右集会で選出するのが相当と解すべきも、前認定のとおり出席代議員中の一部の発意にもとづき選出する方法も過半数以上の代議員が賛成している以上は手続違背として無効とすべきでなく本件における三保、菅沼両名の選出は紛議の際の方法としては有効である。

次に、大会が成立した後の執行委員職務代行者選出の決議の効力についてみるに、右決議は大会成立後各種委員の任命など右大会の議事の一部がなされた後、前記柳美沢が大会の休憩を宣し、同人らを含む一二名の執行委員が退場し、支部規約第五五条に定める執行委員三分の二以上の出席のないままになされたものである。しかしながら、右柳美沢の休憩宣言は、その時点においては大会成立後で同人が議事進行について行使する適法な権限を欠いていたこと、また、執行委員の退場は、単に自派の予定した議長団候補者が容れられないこと代議員の多数意見にもとづいて代議員中から選出された議長団の下では自派の意にそわない決議がなされるおそれがあつたことなどを理由に、既に正当に成立した支部大会における多数決原理をあえて実力で否認する手段としてなされたもので、右大会は、柳美沢や一部執行委員の右行動によつて形式的にその定足数を欠くに至つたものであるが、退場執行委員らの行動は元来執行委員が大会の構成員とされたこと自体これらの者に大会に出席する権限とともに義務を負わせた趣旨と解されるのにこれをあえて否定する行動で違法であること、また柳美沢の発言自体も客観的にみて一種の議事妨害であることなどを考え併せると、これら違法にあえてなされた前記の経過規模の行動によつて大会の成否が左右されるとするが如きは、他の構成員に対する関係で一部の者の社団法上の権利の濫用を容認することとなり、他に大会としての実質的な構成、運営を欠くなど特段の事情が疎明されない限り、許されないところといわなければならない。

(ロ) されば、右事態の発生した後、その議事運営について、規約違反など右大会でなされた議決の効力を否定すべき事由の存することについて疎明がない以上、右大会の決議は退場執行委員らの解任、残留執行委員らの職務代行者への選出、休会による再開大会の開催決定をふくめ全て有効であり、また、これが有効なることを前提としてなされた職務代行者らの下における第四四回臨時支部大会再開大会の開催、同大会における新執行委員らの選出の決議、さらには新執行委員会による第四六回支部大会の招集、開催は他に反対事実について疎明もないからいずれも適法なものと解される。

(二)  (イ) 次に、いわゆる団体脱退の効力について判断する。

昭和四三年三月七、八日第四六回支部大会においてなされた富士支部が全損保から脱退する旨の決議は、これを実質的にみても全損保においては従来富士支部始め安田火災労組の加盟の場合団体加盟の取扱がなされたこと、富士支部における新入社員や退社社員の全損保への加入あるいは全損保からの脱退手続はこれらの者の富士支部に対する加入手続、脱退手続をもつて処理され、全損保本部に対しては富士支部所属員数の変動が報告されていたにとどまること、かつて全損保において安田火災労組の加盟が論議されたとき規約第一七条の趣旨に関する委員長の公式見解として支部大会の多数決による支部自体の団体的な脱退が許されることが発表されたこともあるが、これについてその後とくに異論もなかつたこと、また、これを形式的にみても、前記第一七条の規定は個人脱退以外の団体脱退方式を禁ずるまでの文理的制約を伴つていないことなどからすれば、何等これを無効と解すべき根拠はない。

もつとも、右第一七条の解釈について脱退決議に際しこれに賛成した者のみが全損保から脱退し、反対者は当然には脱退しない。即ち、反対者に対する賛成者によるいわゆる引きさらいの効果は生じないとの見解も一応考えられないではないが、右見解は、前記のとおり同条の解釈上団体脱退の方式が禁じられていないこと、団体としての脱退が認められる以上、その意思決定は支部大会の多数決によつてなされることを考え併せれば到底これを首肯するに足る根拠を見出しがたいものである。

(ロ) そうすると、前記有効な団体脱退の決議によつて、被申請人事業所内に全損保の組合組識は、支部分会を通じて存在しなくなつたわけであるから、富士労組、および同労組の分会とは別に新たに結成された組合組織があると主張すれば格別、依然として全損保組織の下にある支部・分会が存在することを主張することは、実体的には富士労組内における一分派グループ活動とみるべく意思統一体たる団体の本質上許されないところである。

したがつて、右判断と異なる前提に立つて、申請人の配転問題について被申請人が分会との間に地方運営会の席上で協議すべき義務を負うこと、および被申請人がこれに応じないから申請人に対する本件配転命令が無効であるとする申請人の主張はその余について判断するまでもなく、排斥を免れないものである。

(三)  また、前記判断によれば、申請人は昭和四三年四月一日付をもつて被申請人名古屋支店業務課業務係勤務の従業員たる地位を失つたわけであるから、申請人が依然として右地位を有することを前提とする申請人の主張は、その余について判断するまでもなく排斥を免れない。

四  よつて、申請人の申請はいずれも却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 西川力一 松本武 鬼頭史郎)

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